第5章 カバさん

第5章 カバさん 巨大グループの事務長

あたる君、今日が最終出勤日ね。ウマソウ(馬橋総合病院)に来てまだ2年、私の後釜で引抜いたのに!

御稲荷医事課長

すみません、御稲荷課長。妻の百江が私の代わりをしますので

あたる

百江さんはいい感じだけど、鬼斬のモテソウ(茂木総合病院)から結局2人もウチに引抜いたから、鬼斬も穏やかでは無いのよ

御稲荷医事課長

そうですか、でも鬼斬課長も近々モテソウ辞めますよ

あたる

え、そうなの。何やってるの鬼斬は、もうまったく=

御稲荷医事課長

この1年間、あたるは二階堂本部長にいろいろお世話になっていた。

それというのも二階堂本部長のグループは、まだまだ拡大路線でM&Aを繰り返し有能な事務長が不足していた。
だから、即戦力の事務長と幹部候補を絶えず募集をしている。
それで二階堂本部長も自らヘッドハンティングしていたのだ。
あたる達に近づいたのもそれが最大の理由であった。
お眼鏡にかなったあたるは、事有るごとに親身に相談に乗ってくれる二階堂本部長に説得され鎌鼬(かまいたち)グループの一員になった。

今日から事務長補佐で配属された當誠君だ

カバさん

と樺事務長(通称カバさん)より紹介される。
事務長の直属の経営戦略室のメンバー総勢4人での初朝礼。
あたるの他には2名。

當誠です。よろしくお願いいたします。
これまで急性期200床未満の病院を3つほど経験してきました。
こちらも150床の急性期なのでこれまでの経験を生かして皆さんと一緒に病院を盛り上げてゆきたいと思います。
よろしくお願いいたします

あたる

皆さん、なんか冷めてるなと感じるあたる。

當君、知っての通り鎌鼬(カマイタチ)グループには4の医療法人が有り30近い病院、特養20、老健15、他様々な介護系事業所が有る。
で、君に最初に行ってもらうのは、2ヶ月前に買収(M&A)した川所成明病院だ。
病院名は変えてないが中身はこの2ヶ月で急ピッチで変えている。
カバさんを事務長に送り込んでいるから一気に動かす。
先ずは當君、カバさんの補佐に入って、事務長の仕事を1から学ぶ所から始めてみようか

二階堂本部長

と法人本部で二階堂本部長に辞令を受けていた。

あたるにとって、法人本部がある医療法人は初めての経験であった。

あたるは配属された川所成明病院、M&Aでの事務長は何をするのかはまだ解らなかった。
でも今まで勤めてきた病院の事務長うとは少し違う感じがした。

買収しても、9割方は以前の職員を使う。
しかし院長はじめ、事務長、看護部長など主だった幹部は一新される。
その辺の采配するのが法人本部の役目だ。それを指示したのは二階堂本部長である。

この川所明成病院も、新事務長のカバさんと新院長が乗込み2ヶ月。
カバさんは、使えそうな前からいる職員2人を選抜して経営戦略室を作り1ヶ月。
そこへあたるが配属された。

當補佐、早速この一月で彼らが纏めた今後の方針に目を通して意見を明日聞かせてくれ。
今日の午前中は病院内を案内しながら職員へ君を紹介する

カバさん

分かりました。ところで内部資料はどこまで見せてもらえるのでしょうか?

あたる

うん、先ずは彼ら2人が纏めた資料の他、経理、総務にある資料は好きに見ていいよ

カバさん

と二人は、院内へ。
はじめは、総務・経理課からだ。

皆さんおはようございます。今日よりウチに配属された當事務長補佐です。色々資料を見に来ますが、よろしく頼みます

あたる

あれ、あたる君!

タヌさん

え、タヌさん、、、なんでここに~?

あたる

昼休みの中庭

あたる君ね、なんでこんなグループに来ちゃったの?

タヌさん

いや、タヌさんこそなんでココにいるんですか!?
御稲荷課長からは丸出中央が井升グループに買われちゃって、すぐ異動でって聞いてましたが

あたる

いやいや、そうなんだけど、その後はなんか窓際みたいに成っちゃって。
居づらくする雰囲気作り上手いんだよねあの人達。
で、事務長経験は有ったから鎌鼬グループの幹部募集で入職したんけどね、幾つか病院を任されたんだけど成績が上がらなくてとうとう総務課長に格下げ。
もう年だしこの辺で落ち着けば良いかなって所なんだ

タヌさん

そーだったんですか、タヌさんも大変だったんですね

あたる

あたる君も気をつけてね、巨大グループは数字が全てだから!怖い所だよ。
でも実力が有れば更に上にも行けるんだろうけどね

タヌさん

あたるにとってタヌさんとの再会は、少し寂しい感じだった。
あんなに職員に慕われ信頼を得ていた田貫事務長。
今はその面影も無くなっている。
なぜそうなったか、あたるにはなんとなく分かる気がした。

翌日の経営戦略室

あたる君、彼らが纏めた今後の方針どうだね?

カバさん

はい、事務長。病院の基本構成を変えないと根本的に何も変わらないと思います

あたる

そうだね、その事を彼らはまだ気づいていない。
小手先の応急処置的対応では再建は出来ないよね

カバさん

川所成明病院は、経営母体の変更手続き(理事長、院長などの変更)、買収後人員の整理や本部からの人事配置等でこの2ヶ月を費やしてきた。
具体的な経営・運営方法の改革はこれからが本番だ。

先ず看護配置7:1の急性期にこだわりすぎている所がネックだと感じます

あたる

そうだね、前の理事長兼院長が7:1は絶対譲れない。
その事を職員に叩き込んじゃったから残った職員はそこから離れる事がなかなか出来ない。
午後の会議であたる案を出して彼らとミーティングを行うよ

カバさん

了解しました。簡単な資料を作っておきます

あたる

午後の会議

先ず、施設基準の大幅な見直
それと経費節減の大胆な発想
この2本立てでシンプルに案を作り直しましょう

あたる

あたる事務長補佐が口火を切る。

え、作り直しですか!
私達が1ヶ月掛けた案ですよ。すべて作り直しですか?

職員A

はい、全て作り直しです

カバさん

もっと早く言ってくださいよ!

職員A

二人は声を揃える。

だって君たち、途中報告も無く、もうすぐ纏めますからって一ヶ月が過ぎちゃったじゃないか

カバさん

いや、法人が変わったのでそちらの対応も同時進行だったんで、、、

職員A

あたるから見てもいかにもお粗末な内容で、とても本気で考えているとも思えない。
いくら優秀な職員を選抜したとしても前のシガラミや考え方が残ってしまうのかとも思った。

分かりました。先ず経費節減の方から考えましょう。
お二人から見て経費で無駄が多いのはどの部分ですか?

あたる

それは、先ず人件費でしょう

職員A

二人は声を揃える。

昇給・賞与・基本給・役職手当など来月からウチのグループの基準に変更するから今後はかなり削減される。
辞める人もまた増えるよね

カバさん

医師の基準見直しも当然有るけど、医局、紹介会社の見直しも必要ですね。
昨日請求書の束チェックしましたけど、ぼっている業者が多い、その中には医局や紹介会社も目に余る所が。
ウチのメインの科目は整形外科ですよね。
それは続行で良いと思いますがその他もう一つのメイン科目に脳外か循環器を考えてください。
当然医師も含めてね。
給与の見直しが入るとますますきつくなるのが看護師確保です。
7:1の維持は難しいでしょう

あたる

え~、看護基準落とすんですか?

職員A

私は10:1にすべきだと考えます。
で、その他に地域包括ケア病棟、回復期リハビリテーション病棟を作るべき。
今の3病棟・3単位は変えなくてそれぞれ1病棟ずつにすれば効率はかなり上がり利益率も上がってくる

あたる

あたる補佐の考えは私も同じだ!
明日、本部から経営戦略室の室長として一人配属される。
1週間で新室長を中心に今のあたる補佐の考えを纏めて資料を提出してくれ。本日は以上

カバさん

翌日。

鬼斬さん、意外と早くこちらへ来れましたね

あたる

なんか、やりがい有るなと思ったら早く動いちゃった。
奥様には苦労かけるかな?でも百江なら大丈夫。医事課長として私の後釜で、、、、っと。
私が経営戦略室の室長であたる君が事務長補佐、、、
う~んそれって私の上司があたる君って事?

鬼斬さん

あ、まあまあ、、、

あたる

ちょっとやりにくいなあ、と感じるあたるであった。

経営戦略室の昔からいる二人とミーティングする鬼斬

で、あたる補佐の提案した内容は?
急性期入院基本料は10:1にして回リハと地域包括ケア病棟でしょ。
お二人の意見はどうなの?

鬼斬さん

いや、急性期の7:1しかやってこなかったんで今勉強中です

職員A

え、それじゃあ遅すぎでしょ!

鬼斬さん

いやそう言われましても、昨日いきなり指示されてまだこれから調査する段階ですよ

職員A

アンタたち、何年病院勤務してきたのよ!
調査段階ってこのアホ・ボケ・カスが!

鬼斬さん

ビビるお二人。

もう、こうやっていても話が進まないからアンタたちは請求書チェックしてボッタクリの業者をリストアップして頂戴

鬼斬さん

あたる君ちょっといいかしら

鬼斬さん

経営戦略室に呼ばれたあたる。

どうしました鬼斬室長

あたる

あの二人全然ダメダメだから施設基準については私が纏める。
で相談なんだけど。
回復期リハビリテーションはセラピスト(PT:理学療法士、OT:作業療法士、ST:言語聴覚士)を1病棟分だと30名以上は集めなければならないわ。
時間的にも効率を考えてもうちの病院には合わない気がするの

鬼斬さん

そうですね、鬼斬室長の言ってることは分かります。
で、診療科目のメインが問題に成ってくると思うんですよ

あたる

そうね、整形は運動器リハ、脳外は脳血管リハ、循環器は心大血管リハにそれぞれ結びつくのは分かるけどウチのリハ室の規模を見たら、あまりにも面積が足りないんじゃない。
今は160㎡だけど回リハ病棟を動かすには最低でも300㎡は欲しい所よ。
そんなスペース無いんじゃない?それとも病室何個か潰す?

鬼斬さん

あ、それ忘れてました。セラピストの数よりリハ室のキャパが足りない!
さすが鬼斬さん!

あたる

でね、思い切って地域包括ケア病棟を2病棟にして、一般病棟は7:1を維持するのはどうかしら?

鬼斬さん

それだと、地域包括ケア病棟でのリハの負担がハンパ無いですよ。
しかも回リハと違って疾患別リハは包括になってるんですよ

あたる

それを承知でやるのよ

鬼斬さん

うーんさすがいつも強気の鬼斬さん、ここでも鬼斬節炸裂か?
とあたるはまあ鬼斬さんらしくて良いかと思った。

その夜、樺事務長、あたる事務長補佐、鬼斬室長の3人は居酒屋で会食。

さて、今日は鬼斬室長の着任祝だ。よろしく頼むよ

カバさん

樺事務長、よろしくお願い致しますわ。
二階堂本部長様からは、凄腕とお聞きしておりますの。
是非色々ご教授頂ければ幸いでございますの

鬼斬さん

、、はは、それはそうとどうですかね、経営戦略室の二人は?

カバさん

はい、少し知識が足りないようでございますわね。
いえいえ悪く言うつもりはございませんの。
先ずは経理・総務課で請求書チェックさせておりますわ

鬼斬さん

あ、また始まった鬼斬パターン。この言葉遣いは何処で覚えたのかとチョット不思議に思うあたるであった。

さて、病棟構成であたる補佐と鬼斬室長の意見はチョット違うようだね。
あたる補佐は急性期10:1、回リハ、地域包括ケア、それぞれ1病棟での3病棟構成。
それに対して鬼斬室長は急性期7:1を1病棟、地域包括ケアを2病棟での3病棟構成。
私は鬼斬案の方が優れていると考えるな!

カバさん

さようでございましょう~。さすが樺事務長よくおわかりでございますわ

鬼斬さん

僕も、それは認めますよ。
回リハは1の基準とっても最低でも6単位以上リハをこなさないと日当点3,000点を超えない
それに対して地域包括は1の基準を取って、看護、看護補助、初期の加算を入れればそれで2,900点位になる
リハ対象者は平均2単位は包括になるけどそれ以外はあまり手間のかかる患者ではない。
それに回リハ1を取得するまでは相当時間がかかるが、地域包括1は半年の実績が必要だけど遡って取れるので3ヶ月位で取得できる。
決定的なのが回リハにするにはリハ室の広さが足りない

あたる

では、こういうのはどうかな?
10:1を2病棟で地域包括を1病棟の2単位で3病棟!

カバさん

それも考えましたわ。
急性期の90日をフルに使って疾患別リハで稼ぐ方向性ですわよね

鬼斬さん

そう、今までの7:1で全病棟だと平均在院日数の関係ですぐに他院の回リハ病院に転院させていたからね。
先ずはそれを回復期までなんとかウチで拾うことが最優先である。
その事は皆暗黙の合意だよね

カバさん

一同うなずく。

では、どちらにしても今のリハ室では広さが足りない、と同時にセラピストが足りないって所もポイントに成ってくるんじゃないかな?
どうかなあたる補佐

カバさん

それと考えなければならないのは看護師の必要数。
今の状態だと7:1の看護基準はもう無理だと考えます。
人件費を考えると地域包括が一番有利
思い切って全病棟地域包括の病院にしちゃうてのも有りかも

あたる

おあ~、あたる君、それ新しいね~。
でもそれは無理じゃないかしら。オペ有ってのこの病院ですのよ

鬼斬さん

そう、だからオペ辞めちゃってオペ室エリアをリハ室にしちゃうんですよ!

あたる

一同

それは無いだろ〜!

カバさん